透明はごまかせない。 〜126年目の新事実。〜

※この記事は、2009年8月26日のmixi日記を再掲載したものです。


この前、新発売されてからずっと気になっていた
三ツ矢サイダー オールゼロ」を飲んでみた。

俺的には、やはりオリジナルの「三ツ矢サイダー」が好きだ。
確かに、「オールゼロ」も悪くはないが、独特のあのシンプルな砂糖水のような味が失われたような気がしてならなかった。


三ツ矢サイダーの歴史】

「オールゼロ」のキャッチコピーにある、「126年目の新発売。」にもあるように、三ツ矢サイダーには長い歴史がある。
日本で最初のサイダーではないとのことだが、1884年に「三ツ矢平野水」として発売してから、こんなにも長く愛され、微炭酸に変わることなく、老舗の日本生まれの炭酸飲料水の地位を守り続けているのは凄いことだ。

その起源、歴史っていうのもまた凄くて、
・当時の宮内省が現在の兵庫県川西市の平野鉱泉を用いて炭酸水の御料工場を建てたことに始まる。
・その後、明治屋が権利を得て、「三ツ矢平野水」として販売する。
・1897年、大正天皇の御料品に採用された。

・・・ちょっと待て。
明治屋」って、あの「明治屋」か?
もしかして、あの玉川高島屋地下1階にある高級スーパーの、「明治屋」?
あの「MEIDI-YA」なのか?
調べてみたら、やっぱりそうだった。
関連項目にも、
三ツ矢サイダー - かつては同社から発売されていた。現在はアサヒ飲料から発売。」との記述がある。
明治屋って、三ツ矢サイダーを最初に発売したり、他にも最初にキリンビールを取り扱ったり、日本で最初にコカ・コーラを販売したり・・・って何気に凄いスーパーマーケットだな。

発売元は、
明治屋(1884年)
・帝国鉱泉株式会社(1907年〜1921年)
日本麦酒鉱泉株式会社(現:サッポロビール 1921年〜1933年)
大日本麦酒株式会社(現:アサヒビールサッポロビールヱビスビール 1933年〜)
・朝日麦酒株式会社(現:アサヒビール、1949年〜1988年)
アサヒビール飲料製造株式会社(1988年〜1996年)
アサヒ飲料株式会社(1996年〜)
と、現在に落ち着くまで何度も変更されていて、

製品名も、
・三ツ矢平野水(1884年〜1905年or1907年)
・三ツ矢印 平野シャンペンサイダー(1905年or1907年〜1909年)
・三ツ矢シャンペンサイダー(1909年〜1952年)
・全糖三ツ矢シャンペンサイダー(1952年〜1968年)
三ツ矢サイダー(1968年〜)
と幾度と変更されている。

「シャンペン」の名称がなくなったのは、「シャンパン」はシャンパーニュ地方で生産されたもの以外使えなくなったからだそうだ。
因みに、最古のサイダーではないものの、コカ・コーラの「スプライト」を含めた「キリンレモン」、「リボンシトロン」といった、ライバル製品と比較しても、現在発売されているサイダー飲料の中では最も歴史が長いんだとか。


自分でもこうして調べてみるまでは、三ツ矢サイダーって、ずっと朝日麦酒(現:アサヒビール)→アサヒ飲料の飲み物だと思ってたから、宮内省発祥とか、御料品になっていただとか、明治屋で、サッポロビールで発売されてたとか、全く知らなかったので、自分にとっては、かなり衝撃的な事実でした。


126年目の新事実。
その歴史に思いを馳せながら、これからも飲み続けていきたいですね。